発達障害の可能性のある児童生徒等に対する
教科指導法研究事業

1.問題意識・提案背景

(1)問題意識

 本邦において、公立小・中学校の通常の学級には、学習面又は行動面において著しい困難を示す児童生徒が6.5%程度、その中でも特に、学習面(「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」の少なくとも一つの領域)で著しい困難を示す児童生徒が4.5%程度在籍していることが、文部科学省の調査において明らかになっている。愛媛大学教育学部においても、近隣の小・中学校から、教科の学習につまずきを感じている児童生徒に関する相談が増加している。

 一方、障害者の権利に関する条約への批准を含む、近年の障害児者支援の動向を背景に、発達障害の可能性がある児童生徒に対する合理的配慮や教育的ニーズに対応した支援方略は様々に考案され、ハウツー本として販売もされている。これらのハウツー本は、現職教員や保護者が、発達障害等の医学的診断・教育的判断が出ている児童生徒に、すぐ支援・指導を始める上で参考になるというメリットはある。だが、診断・判断は出ていないが各教科の学習につまずきを感じる児童生徒は対象外と誤解され、適切な指導・支援を受けられない事態も生じている。

 また、近年は小・中学校においても主体的・協働的学び(アクティブラーニング)が推進されているが、上述した教科の学習につまずきを感じている児童生徒は、二次障害ともいえる「学習性無気力」の状態にある。つまり、つまずき体験の蓄積により、いかなる学習が肯定的な結果(教科に関する高い習熟度)につながるかという予期(結果予期)は理解できるが、肯定的結果を生み出す学習を自らが実行できるという予期(効力予期・自己効力感)が低下している。

 このように教科の学習について「学習性無気力」状態にある児童生徒には、結果予期を高める指導をしても十分ではなく、教科の学習において肯定的結果を生み出す学習を自らが実行できる(実行してもよい)という効力予期を高める支援・指導(以下では、「志」を導く関わりという意味で「志導」とする)が必要と考えた。

 上記のことから、本学では、教員養成課程等において「教科の学習上のつまずくポイントに対する指導」として、指導上の技法、教材教具の工夫だけではなく、学習上のつまずきのある児童生徒に対して「志導」ができる教員を養成するための教授法を開発することが喫緊の課題と考え、本事業を提案するに至った。

(2)提案背景(これまでの取組)

 本学教育学部は、平成19年度に特別支援教育が法的に位置付けられた改正学校教育法が施行される以前(平成17年度)より、大学院に特別支援教育コーディネーター専修を設置するとともに、学部教育においても発達障害を含む特別支援教育体制に対応するカリキュラムへと改革を進めてきた。愛媛県との厚い信頼関係から、県下の特別支援教育を充実させるため、特別支援教育コーディネーター専修には開設当時より現職教員が派遣されている。また、修了生は、教育現場に戻った後、特別支援教育コーディネーターや特別支援教育巡回相談員等で、愛媛県の特別支援教育の中核として力を発揮している(過去には、高知県、広島県、佐賀県からも現職教員の派遣を受け入れてきた)。

 こうした取組は、平成18年度に「資質の高い教員養成推進プログラム(教員養成GP)」、平成25〜27年度に「発達障害の可能性のある児童生徒に対する早期支援・教職員の専門性向上事業(発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業)」に採択され、着実に成果を積み重ねてきた。

 加えて、平成26年度からは文部科学省から「特別支援教育に関する教職員等の資質向上事業」を受託し、また平成27年度からは同事業に加え「現職教員の新たな免許状取得を促進する講習等開発事業」を受託して、特別支援学校教諭免許状認定通信教育(一・二種)を実施している。

 これらの取組を通して、愛媛県を中心とした四国地区における特別支援教育教員(特別支援学校教諭、小・中学校の特別支援学級・通級による指導担当教員等)の資質向上に寄与してきた。こうした経験に加え、上述した事業の評価(修了生を含む現職教員等へのアンケート調査、保護者団体・教育委員会を含む学外委員からの外部評価等)を通して、中等教育機関(中学校、高等学校等)の通常の学級における教科指導に関わる知識・技能を高める取組が喫緊の課題であることを把握している。

 また、本学大学院教育学研究科では、平成28年度より教職大学院を新設した。教職大学院は、「近年の社会の大きな変動の中、様々な専門的職種や領域において、大学院段階で養成されるより高度な専門的職業能力を備えた人材」(文部科学省ホームページより引用)として新人教員の養成・中核的中堅教員を養成することをミッションとしている。教育現場では、発達障害の可能性がある児童生徒を含む「教育的配慮を要する児童生徒」への指導・支援・合理的配慮の提供が急務となっており、本学教職大学院においても、これらの児童生徒に適切に対応できる教職員を養成するためのカリキュラムを検討し、養成を開始したところである。

 特別支援教育コーディネーター専修や教職大学院で学ぶ大学院生(現職教員を含む)は、各養成カリキュラムに、大学近隣の公立校において実習を行うことが定められている。この実習においては、通常の学級等に在籍する発達障害の可能性がある児童生徒に対応する機会が非常に多い。特に、近年は、読み書き困難(Dyslexia)をはじめとした、発達障害近接領域の子への教科指導の在り方が実習に関わる問題解決課題として挙がる頻度が増えている。

 以上の背景とともに、発達障害の可能性がある児童生徒への対応が求められる教育現場の現状を鑑みるに、学部段階の教員養成課程はもちろん、学校づくりの中核となる大学院(既存の大学院、及び教職大学院)段階の教員養成課程に至るまでの、一貫・継続したカリキュラムが必要であるとの問題意識を有している。

(3)上記問題意識に対する実施機関におけるこれまでの取組

3−1)学部養成段階の取組:

本学教育学部は、長年、特別支援教育教員養成課程に発達障害コースを設け、発達障害と近接領域の障害がある児童生徒を指導する特別支援教育担当教員を養成してきた(平成28年度からは、発達障害コースと聴覚言語障害コースが統合したが、特別支援学校教諭一種免許状(聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱)に対応した教員養成を継続している)。当該課程には、教育現場において、発達障害児と近接領域の障害児(知的障害等)に適切に対応する即戦力を養成するためのカリキュラムを用意している(図1参照)。

図1 特別支援教育教員養成課程のカリキュラムマップ

 図1に示す青枠の科目群「特別支援教育概論」「代替コミュニケーション論」「知的障害児の教育実践論」「重複・LD等の心理」「重複・LD等の生理及び病理」「重複・LD等の教育課程及び指導法」「発達障害児心理検査法」「インクルーシブ教育実践論(平成28年度入学生より「発達障害児の教育実践論」と「発達障害児の健康教育」を統合)」は講義・演習科目、「特別支援学校(知的障害・肢体不自由)教育実習」「ふれあい実習(知的障害児の教育実践論の課外学習枠)」は実習科目である。

 特別支援学校での教育実習だけではなく、大学近隣の通常の学級、特別支援学級での実習(ふれあい実習:フレンドシップ事業としての「地域連携実習」)を数多く取り入れている点が、本学の特色の一つである。

 例えば、「ふれあい実習」と「知的障害児の教育実践論」については、大学近隣の小・中学校等に学部生がフレンドシップ事業の「地域連携実習」として実習を行い、そこで得られた経験をもとに、大学での科目「知的障害児の教育実践論」において、模擬授業・ロールプレイ・演習等を通して、実践力を養成している。更に、「インクルーシブ教育実践論」においては、発達障害の疑いのある児童生徒が抱える現実的諸問題(読み書き困難、健康問題、児童生徒用の教材としての障害支援機器や情報コミュニケーション機器(ICT)の活用等)について、特別支援教育や保健医療福祉領域の最新動向を紹介しつつ、演習を通して実践力の向上を図っている。近年、ICT機器が発達障害の可能性がある児童生徒の困難を軽減するツールとして注目されている。特に、読み書き困難児への教科指導においては、教科書等の内容へのアクセシビリティを高める上で、音声読み上げ機能・音声認識機能等のアクセシビリティ機能を活用した支援・合理的配慮が提供されるようになってきている。本学においては、平成19年度以前から、ICT機器を含む支援機器による合理的配慮の提供について科目・実習群を提供してきたが、本事業についても、近年の学校教育現場の諸問題として、ICT機器を用いた合理的配慮の提供に対応できる教員を養成するため、ICT機器を教科指導で用いる時限を設置することとする。

 特別支援学校教育専修以外の学部生についても、教育学部においては、教員免許状を取得する学生には「特別支援教育概論」を必修科目とし、発達障害を含む多様な障害に関する概説と学校現場における支援・指導・合理的配慮の解説等を行っている。また、「介護等体験事前・事後指導」を通して、多様な教育的・福祉的ニーズのある人に対応するための知識・技能を学ぶ仕組みを用意している(図2参照)。現代的課題科目の「インクルーシブ教育実践論」は特別支援学校教育教員養成課程以外の学部生も受講できる。

図2 学校教育教員養成課程のカリキュラムマップ

 その上で、各種実習(観察実習や体験実習、地域連携実習:図3参照)で得られた体験をもとに、「リフレクションデイ」「教職総合演習」において、発達障害の可能性がある児童生徒への対応について、省察を深める機会を設けている。その他、現代的課題科目として「一貫教育・連携教育概論」においても、各教科教育担当教員と特別支援教育担当教員が協働して授業を行う。最後に、発達障害児の中には、特定の分野で突出した才能を発揮する児童生徒もいる。そこで「才能教育論」において、科学教育を中心に、才能ある子どもの個性・能力を伸張する指導法等について授業を行う。

3−2)大学院段階での教員養成カリキュラム:

学部だけではなく、大学院のカリキュラムにおいても、発達障害と近接領域に関わる授業を複数開講し続けている。具体的には、特別支援学校教育専修の「発達障害児の心理学」「アセスメントの総合的解釈」「発達障害検査法演習I」「発達障害検査法演習II」は、発達障害児の障害特性や認知特性を客観的指標(心理検 査等)で把握し各種特性に応じた。

教科指導に結びつける実践型の講義・演習群である。また、特別支援教育コーディネーター専修の「学習困難への対応1」「学習困難への対応2」「個別の指導計画の作成と実施」は、発達障害の可能性がある児童生徒の実態を把握し、読み書き困難、算数・数学困難児への対応について、個別の指導計画の作成を通して具体的な示唆を与える科目群である。「特別支援教育実地指導法研究」「特別支援教育臨床研究」は、実習として大学近隣の小・中学校(通常の学級)に在籍する発達障害のある児童生徒の支援に入り、その実習の中で特に教科指導で得られた客観的根拠、臨床知を省察し、分析・解釈を加える実習・演習群である。

テキスト ボックスまた、平成28年度より新設した教育実践高度化専攻(教職大学院)においては、教科等の実践的な指導方法に関する領域の科目「授業における学習支援と指導法の事例分析」、生徒指導、教育相談に関する領域の科目「特別支援教育の理論と実践」と「児童生徒・保護者の教育相談実践」、教育実践開発コースのコース別選択科目「教科の教材開発演習」「教育課題解決のための教育プログラム開発演習」「特別な教育的ニーズへの対応」等を開講している。

 教職大学院は、高度な実践的指導力や社会の変化に伴う新たな課題に柔軟に対応できる広い視野をもった教員を養成することを目的として設置されており、実習、事例分析、演習、フィールドワークを中心としたカリキュラムで構成されている。教育現場で発達障害の可能性がある児童生徒への教科指導等について相談があることも多いことから、模擬授業、ロールプレイ等を通して実践力を高めている。